自分を愛することが、わざとらしく感じられる理由

執筆:

|カテゴリー:

自分を大切にするとなぜ自分勝手な気がして、自分を愛することはなぜわざとらしく感じられるのでしょうか?

休みたいと言ったり、自分の分を先に確保したりすると、心のどこかが落ち着かない人がいます。子どものころ「どうして自分のことばかり考えるの」「まず弟の面倒を見なさい」といった言葉を繰り返し聞いてきたなら、自分の欲求を表に出すことを悪いことだと学んだのかもしれません。

このように自分の欲求を大切にすることは悪いと学んだ人は、「自分を愛する」という言葉に、まず抵抗を感じます。心の中ではいまも「自分を大切にするのは悪いこと」と信じているのに、自分を愛しなさいと言われるので、心からわいてくることではなく、わざとらしいことのように感じられるのです。そのため、自分を愛するというと、自分の欲求は無視したまま、鏡を見ながら無理に自分をほめる姿が真っ先に思い浮かびます。自分を愛することが本当にそういうものなら、むなしく感じられるかもしれません。けれども、自分を愛するとは、自分に向けた温かい気持ちがわかないのに、そうした気持ちをこしらえることではありません。いま自分が疲れているのか、どこか痛むのかをありのままに確かめ、休んだり頼みを断ったりするように、自分を守り、いたわる行動をとることです。

自分をいたわることと自分勝手な行動は、どこで分かれるのでしょうか?

疲れているので頼みを断って休むのは、自分をいたわることです。自分の時間と力を自分のために使うだけで、相手のものを奪うわけではありません。反対に、自分が楽をするために相手の時間やお金を奪い、相手がいやだと言っても無視するのは、自分勝手な行動です。どちらも自分のことを先に考えているように見えますが、相手の権利を尊重するかどうかが違います。相手が自分の時間やお金をどう使うか、いやなら断るかを、自分で決める権利のことです。

ですから、自分をいたわることと自分勝手な行動を分けるのは、自分のことを先に考えたかどうかではありません。子どものころに学んだ「自分のことを先に考えると悪い人」という思い込みを、「自分に必要なことを大切にしながら、相手の権利も尊重する」という基準に変えていく必要があります。そうすれば、自分を犠牲にせず、それでいて自分の必要を満たす責任を相手に押しつけない選択ができます。

子どものころに自分の欲求を十分に経験することは、なぜ大切なのでしょうか?

自分を大切にすることがこれほど落ち着かなくなった理由は、子どものころにあります。幼い子どもは、他人を思いやらなければならないという大人の基準を、まだよく知りません。まず自分の空腹や疲れを感じ、世話をしてほしいと求めます。そのため自分中心にならざるをえないのですが、これは悪いことではなく、その年齢にふさわしい姿です。こうして求めながら、子どもは自分が何を感じ、何を必要としているのかがわかる感覚(自己感)を育てていきます。この時期に「どうして自分のことばかり考えるの」と、大人のように他人を先に思いやることを求めすぎると、子どもは欲求そのものを恥ずかしく思うようになることがあります。反対に、子どものころに自分の欲求を十分に経験した人は、自分の分がすでに満たされているので、大人になってから自然に、ほかの人のことを考えるゆとりが生まれます。

だからといって、子どもの要求を何でも聞き入れなさいという意味ではありません。子どもを育てる親は、ほかの人にも権利があり、現実には限りがあることを伝えなければなりません。何かを欲しいからといって、それを必ず手にする権利が生まれるわけではないことも、わかるように手助けする必要があります。欲しいという気持ちはそのまま受け止めながら、行動は調節できるように手助けするのです。

温かい気持ちがわかなくても、どんな選択を繰り返すことが自分を愛することなのでしょうか?

きちんと食べて眠ること、体の具合が悪ければ治療を受けること、侮辱される関係から距離を置くこと、引き受けきれない頼みを断ること、これが自分を愛することです。はじめは温かい気持ちよりも、罪悪感やぎこちなさが先に来るかもしれません。罪悪感がわくのは、子どものころに学んだ「自分のことを先に考えると悪い人」という思い込みが、自分を大切にしようとするまさにその瞬間にこみ上げてくるからです。

ぎこちないからといって、まちがった行動ではありません。自分を大切にすることを長いあいだしてこなかったので、慣れていないだけです。自分の必要を大切にしながら相手の権利も尊重する選択を繰り返していくと、自分をいたわることが根づいていきます。鏡の前でするわざとらしいほめ言葉ではなく、自分の必要を自分で毎日責任をもって満たしていくことになるのです。


執筆:金亨根(キム・ヒョングン)——ソウル依存症心理研究所 所長、現代精神分析教育院 院長。対象関係論にもとづく心理療法家、そしてスーパーバイザーとして、臨床と教育に携わって26年になります。ご相談は相談掲示板へ。

Deutsch · Español · 繁體中文 · Français · العربية · 한국어 · English