口に出さずに、相手の気持ちをひとりで結論づけてしまう理由

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なぜ相手に尋ねずに、頭の中でひとりで結論を出してしまうのでしょうか?

メッセージを一行受け取ったあとで、相手がどんなつもりで送ったのか、自分が話を切り出したら相手が何と言うか、この関係がどう終わるのかまで、ひとりで全部決めてしまうことがあります。考えはどんどん細かくなっていきますが、肝心の相手に確かめたことは何もありません。このとき私たちは、実際の人よりも、頭の中でつくった人と会話しているのです。

「あの人は自分を嫌うだろう」と予想すれば、話を切り出さなくてすみます。話を切り出さないので、断られる苦しみも避けられます。けれども、確かめていない結論は、まちがっていても正される機会がありません。時間がたつほど、推測は証拠がなくても確信のように固まっていきます。

人は何を通して、自分と相手を知っていくのでしょうか?

ひとりで頭の中だけで考えていると、誰も言葉を返してくれません。自分の考えとぶつかる言葉も、まちがいを正してくれる言葉も、思いがけない言葉も入ってきません。人は、ほかの人に話しかけ、その人がどう反応するかを経験してはじめて、相手がどんな人なのかがわかります。自分がどんな人なのかも同じで、ひとりではわからず、ほかの人とかかわってみてはじめてわかります。予想外の答えが入ってきてはじめて、相手についての自分の推測も正されるのです。

「あの言葉は、私を見下すという意味だったの?」と尋ねる短い会話は、頭の中で百回推測するよりも多くの情報をくれます。相手は違うと答えるかもしれませんし、実際に無礼なつもりがあったことがわかるかもしれません。どちらにしても、現実を判断する材料が手に入ります。

耐えられる挫折はなぜ必要で、侮辱を前にしたらどうすればよいのでしょうか?

好きだと言ったのに断られたり、自分の誤解だったとわかったりすると、つらいものです。大きすぎる挫折は人を傷めます。けれども、断られることや誤解のように、痛くても耐えられる大きさの挫折を経験すると、世の中は自分の予想と違うことがあると学びます。それがわかれば、次の会話は違うやり方でしてみることができます。

侮辱や脅しが繰り返される関係や、上司と部下のように力の差が大きい関係では、直接確かめることが安全でない場合があります。そんなときは会話を試みるよりも、距離を置いて、信頼できる人や相談機関などの専門機関の助けを受ける必要があります。直接尋ねることが役に立つといっても、危険をおかしたり侮辱に耐えたりしなさいという意味ではありません。

ひとりで推測するかわりに、どんな一文で確かめればよいのでしょうか?

頭の中の会話が始まったら、事実と解釈を分けることができます。「返信が一日来なかった」は事実で、「自分を嫌っている」は解釈です。次に、その解釈が正しいかどうかを相手に尋ねる質問を一文にします。先ほどの「あの言葉は、私を見下すという意味だったの?」のように、ひとりで出した解釈を相手に短く尋ねる文であればよいのです。

さらに深く考えたからといって、相手の気持ちがわかるわけではありません。安全な関係であれば、そうしてつくった一文の質問をその人に実際に言ってみて、どんな答えが来るかわからないまま待つ必要があります。自分でつくったのではない答えが入ってきた瞬間、頭の中でひとりつくりあげた空想の会話は、実際の人と交わす現実の会話に変わります。


執筆:金亨根(キム・ヒョングン)——ソウル依存症心理研究所 所長、現代精神分析教育院 院長。対象関係論にもとづく心理療法家、そしてスーパーバイザーとして、臨床と教育に携わって26年になります。ご相談は相談掲示板へ。

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