自分をいたわれないからといって、すぐに自分を虐待しているわけではありません

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自分をいたわるのが難しい理由は、人によってどう違うのでしょうか?

食事を抜き、治療を先延ばしにし、害のある関係から抜け出せない人を見ると、自分を愛していないからだと言いがちです。けれども、うつ病で体を動かす力がないのかもしれませんし、お金や住まいが足りないのかもしれませんし、子どものころから、自分に必要なものを無視するように学んできたのかもしれません。依存症や、衝撃的な出来事が残した心の傷(トラウマ)、慢性の病気も、自分をいたわることを難しくします。

ですから、自分をうまくいたわれない行動をすべて「自分を愛していないから自分を苦しめている」、つまり自分への虐待と呼んでしまうと、原因を見落とします。同じ行動でも、生活習慣の問題であることもあれば、うつ病や慢性の病気のような病気の症状であることもあります。子どものころから自分に必要なものを無視するように学んだように、生き延びるために身につけたやり方であることもあります。わざと自分を傷つける自傷は、これらとはまた違います。何が原因なのかによって、必要な助けも違います。たとえば、病気には治療が、お金や住まいの問題には福祉の支援が、自傷にはすぐの安全確保が必要です。

変化がゆっくりなのは、苦しみの中にとどまることを選んだからなのでしょうか?

助けを受けはじめてはやめたり、同じ行動を繰り返したりする人がいます。それを「本気で治るつもりがないからだ」と決めつけると、恥ずかしさが大きくなるだけです。繰り返しているその行動は慣れていて、目の前の不安を下げてくれますが、新しい行動は結果がわからず、怖く感じられることがあります。変わりたい気持ちと、新しい行動が怖くて避けたい気持ちがいっしょにわくのは、よくあることです。変化がゆっくりだからといって、苦しみの中にとどまることを選んだわけではありません。

そばにいる人が、その人を無理に引っぱっていくことはできません。けれども、変われる条件をいっしょにつくることはできます。何がいちばんつらいのかを尋ね、選べる小さな行動を提案し、うまくいかなかったときにまた始められるようにすることです。「どうしてまたできなかったの」よりも、「どこでつまずいたの?何があれば次の段階に進めそう?」と尋ねるほうが、実際の変化の助けになります。

自分をいたわることは、気持ちが先でしょうか、行動が先でしょうか?

自分を愛する気持ちがわくまで待つ必要はありません。今日一食食べる、薬を処方どおりに飲む、寝る前にスマホを置くといった小さな行動から始めることができます。こうした行動は、「自分はなかなかいい人間だ」と自分を大きく肯定することではありません。まだ自分を愛する気持ちがなくても、自分の体は守られる価値があるものとして扱ってみる練習です。

そばにいる人の愛情は、大切な力です。けれども、病気や依存症を愛情だけで治すことはできません。ですから、そばにいる人がすべての問題をひとりで解決しようとしてはいけません。どこまで助けられるかを伝え、専門的な治療や福祉の支援を受けられるところにつないであげる必要があります。

自分を愛することは、一度の決心で完成するものではありません。いまの苦しさを「自分を愛していないから」「治るつもりがないから」と道徳的に裁かず、何が原因で苦しいのかを見分けてみます。そして、自分の体を守る小さな行動をしてみて、必要な助けを少しずつ受け入れていきます。自分を愛することは、こうした過程の中で育っていくのです。

自傷をした人や自殺の計画がある人のそばでは、何から始めればよいのでしょうか?

誰かが自分を傷つけたり、具体的な自殺の計画と手段があったりするなら、意志の力を出しなさいと説得してはいけません。その人をひとりにせず、危険な物や薬を片づける必要があります。そして、近くの救急外来に、すぐに助けを求めなければなりません。そばにいる人が、この状況を背負いきれないと感じるのも当然です。ですから、そばにいる人もひとりで抱えこまず、専門家の助けを受ける必要があります。この文章を読んでいるあなたが、いま自分を傷つけたり、自殺を計画したりしているなら、ひとりで耐えずに、すぐに助けを求めてください。


執筆:金亨根(キム・ヒョングン)——ソウル依存症心理研究所 所長、現代精神分析教育院 院長。対象関係論にもとづく心理療法家、そしてスーパーバイザーとして、臨床と教育に携わって26年になります。ご相談は相談掲示板へ。

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